映画連峰

インターネットがどれだけ革命的だったか文壇の破壊を通して感じられる映画

舞台は、
インターネット普及以前の文壇。

偶然拾った、小説同人誌に参加したことで、
文学賞候補になる。
受賞のためあれこれ工作を行うお話。

今回は、
インターネットがどれだけ革命的だったか
文壇の破壊を通して感じられる映画
「文学賞殺人事件 大いなる助走」について。

この映画を観て
まず思い浮かんだのが、
ダイアモンドのことだった。

ダイアモンドは
価値の高い鉱石だ。

なぜ高いかと言えば
希少だからだと思われている。
けれど実際は、
結構たくさん取れていたりする。

ではなぜ価値が
高いように思われていて、
実際に高いかと言えば、
流通がコントロールされて
いるためだ。

採掘の環境も限られていて、
その流通や販売網も限られている。
そうやって価値を保っている。

それが、
どこでもだれでも、
自由に採掘、流通、販売が
できるようになったとしたら、

今現在、
ダイアモンドの価値を維持している
システムの運営者にとっては
大騒動になるだろう。

この映画は、
その大騒動が起こる前。
文壇という権力が
まだ維持されていた時の話に
なっている。

主人公は、文学賞の候補になるも、
作品の質だけで受賞できるとは
考えていなかった。

なので、退職金をつぎ込み
文壇という権力の中枢である、
審査員達にお金を配ったり、
女を都合したり、
自ら身を捧げたり、
あれこれと受賞工作を行う。

なぜそこまでしないと
いけないかと言えば、
文学賞を受賞することが、
その当時、小説家としてデビューする
唯一のルートだったからだ。

今では、
インターネットの普及により、
様々な小説家への道がある。

小説投稿サイトから出版
ツイッターから出版
自分で運営するブログからの出版
各種ブログメディアからの出版
メールマガジンからの出版
などなど

他にも、まだ見ぬデビュー方法も
これから生まれるだろう。

もちろん、様々な文学賞を
受賞するのが小説家への道の
王道であることには変わりはない。

ただ根本的に違うのは、
利害関係や損得が前提としてあり、
それ以外の評価軸は今まで
存在しなかったという点だ。

世の中の文学賞の
選考委員の方々が、
劇中に出てくるような
様々な接待を受けて、
受賞作品を決めているとは思えない。

けれど、実際のところは、
わからないし、
利害関係が前提として存在している。

その利害関係そのものが、
権力やシステムを維持している
骨組みとも言える。

これは、良いとか悪いという
話ではなく仕組みの話だ。

その骨組みを
ぶっ壊してしまったのが、
インターネットの登場による、
全く利害関係のない者からの
評価や、いいね、スキ、なのだ。

最近の出版業界を見てもわかるが、
ツイッターで火がつき書籍化とか
人気ブログ書籍化など、

読者の評価を先に得ることによって
出版されるという、
今までの流れとは
全く真逆の方向から
作品が生まれている。

映画の主人公は、
様々な受賞工作をしたにも関わらず、
最後には落選する。

そのことで、選考委員を
皆殺しにするという復讐に
走っていく。

でももしここで、
インターネットがあれば、
自分のメディアで、
自分の作品を発表し、
世に問うことができたかもしれない。

地方の小説同人誌に
作品を載せていても、
読んでくれる人は限られる。

それが、インターネットならば、
信じられない数の人が
読んでくれる。

この映画を見ると
壊されてしまった世界を見ると同時に、
今どれだけ恵まれた環境に
あるのかを感じることができる。

ブログのアクセスが少なくて
へこむような時には、
またこの映画を観て

実際にあるアクセスしてくれている人に
ひとりひとり、対面して、
文章を読んでもらう事を想像して、

対面せずとも、
読者から直接評価をもらえるという
大変恵まれた環境に
感謝するきっかけにすることにする。

by カエレバ