刑事ゆがみ

歪みや歪みを含めて人間だよなぁということを教えてくれたドラマ


劇中に出てくる、
歪み(ゆがみ)や歪み(ひずみ)という言葉、
そして主題歌のヒューマンの歌詞

機械みたいに
命令通りに毎回動くとも限らない、
そういった、システム通りに動かない
ひずみやゆがみがあるからこその
人間だということを非常に感じられる
作品だった。

今回紹介するのは
「刑事ゆがみ」
です。

神木隆之介演じる、
羽生はエリートで童貞。
シリーズ前半は全く融通がきかない。


浅野忠信 演じる
弓神は、違法捜査もいとわない、
変わりだねの敏腕刑事。

このバティの組み合わせが
まさに、人間らしさとそうじゃないものの対比になっていて、

調子にのったエリートが
裏をかかれるのが痛快。

かと言って、
童貞なので、憎めない。

そういった
単純なキャラクターで終始しない
弓神と羽生の描かれ方が
まさに、人間の中にある、
ゆがみやひずみとリンクしていて
とても親近感が沸く。


もう観れば、わかるけど、
やってることは、ひどいし、
違法だけど、憎めない。

この違法だけど
憎めないという感情そのものが、
人間そのものではなかろうか。
 

日々、やらなければならないことに
押し流されて、

自分がシステムの一部として、
組み込まれているような
感覚を感じる時がある。

この作品をみることで、
決してそのシステムばかりが
すべてじゃないし、

かと言って、
システムはシステムで動かさないと
いけないしという板挟みの中で

その挟まれた間隔が
少しゆるんで広がったような
気がした。